体内受精環境に対応する精子運動調節タンパク質の適応的進化に関する研究

 

 体内受精は、脊椎動物では陸上環境に適応したほ乳類、鳥類、は虫類に共通した受精様式です。両生類は、脊椎度物の進化において水中から陸上に進出した最初の動物群ですが、現存種に見られる受精様式は水中や樹上での体外受精や体内受精など、極めて多様です(Duellman & Trueb ,1986。両生類では、体外受精から体内受精が進化しており、水中や陸上の様々な受精環境への受精様式の適応と体内受精の進化が、両生類の陸上進出に大きく貢献したことが推察されます。

 

 両生類の受精は基本的に水に依存しており、多くの種の間で種間交雑が可能なcことなどから基本的なシステムを共有していると考えられます。一方で、これまでに 両生類には5000を越える種が発見されており、種を維持するために様々な様式で生殖を行います。日本を代表する有尾両生類であるアカハライモリは、体内受精を行います(図1)。オスは精子の塊である精包を放出し、メスはこれを総排泄腔に取り込みます。精子は輸卵管の出口付近の貯精嚢に蓄えられ、輸卵管を通過してきた卵に媒精されて受精した後、水中に産み落とされます。

 

 

 両生類の受精システムは体外受精をする無尾類で多く研究されてきました。しかし、両生類にはイモリなどの有尾類、アシナシイモリなどの無足類も多数の種が存在し、イモリに見られるような体内受精様式やアシナシイモリに見られるような胎生様の受精様式等が発達しています。当研究室ではアカハライモリの体内受精機構について、精子運動調節や先体反応誘起調節、精子と卵膜の結合等、卵−精子相互作用の分子メカニズムを研究しています。アカハライモリに特有の分子メカニズムを通して、体外から体内へ受精環境の変化に対応する受精システムの変化を明らかにしていきます。

 

(1) 両生類における受精様式の進化
 Duellman & Trueb (1986)は、両生類の様々な生殖様式を類型化して、両生類の形態的な進化との関連を示しました(図2は体内受精の進化に関するものを抜き出しています)。有尾目両生類では、早い時期に分化したサンショウウオなどは体外受精を行いますが、進化が進んだイモリなど、多くの種では体内受精を行います。一方、 無尾目両生類では、ほとんどの種が体外受精を行いますが、ヒキガエル科などの数種で体内受精が報告されています。両生類には無足目という、進化的に早く分岐したグループが現存していますが、この目に属する種は知られている限りすべてが体内受精を行います。このように、両生類では体内受精様式を行う種と体外受精を行う種がそれぞれ大きなグループを形成して現存しており、これらの受精様式がそれぞれの種に固有の、水中や陸上棲息環境に適応して子孫を残すために大きく貢献しています。

 

2   両生類における体内受精の進化

 

(2) アカハライモリの体内受精特異的な受精過程(体外受精を行うツメガエルとの比較)

 受精は精子の活性化に始まり精子と卵の合一に至る現象で、複雑な過程を経て成立します。この過程は、精子の選択や精子競争を付与するという、子孫を残す上で重要な興味深い性質を伴っています。卵−精子相互作用は、卵細胞を取り巻く卵外被で、精子と卵が体外に放出された後に外部環境に曝されながら起こるため、環境に適応した多様な信号伝達機構が働いています。図3は、両生類の2種類の卵外被(ジェリー層と卵膜において、卵−精子相互作用が起こる順序を、アカハライモリとツメガエルについてまとめた模式図です。

 ツメガエルの精子はメスを抱接したオスによって淡水中に放出されると、低浸透圧に反応して運動を開始します(Inoda & Morisawa, 1987)。ジェリー層中の誘因物質によってジェリー層にたどり着いた精子はジェリー層中に侵入し、ジェリー層の構造による排除を受けつつ卵膜に達し、先体反応を起こして卵膜に結合します。

 一方、アカハライモリの精子は受精時に淡水に触れることが無いため、体内受精環境中に精子の運動を開始させる引き金機構があるはずです。このアイデアは私達のアカハライモリの卵−精子相互作用機構研究のきっかけとなったものですが、様々な研究を通して、現在ではジェリー層中に精子運動を開始させるタンパク質(sperm motility- initiating substance: SMIS)が存在することが明らかになっています。

 

図 3  アカハライモリの卵(左)と卵−精子相互作用の比較(右)

 

3)アカハライモリのジェリー層表面にはイモリの受精に必須の精子活性化機構が存在する

 図3の比較図と見ると、精子の運動開始以外にもジェリー層の構造の役割と先体反応が起こる位置に違いがあることがわかります。特に、先体反応は、両生類の中でもイロワケガエル(Campanella et al., 1997)やイベリアトゲイモリ(Picheral,1977)ではジェリー層で誘起され、ヒキガエル(Yoshizaki & Katagiri, 1982)では卵膜で誘起されます。先体反応が誘起される位置がなぜ異なるのか、その理由はよくわかっていませんでしたが、輸卵管で付加される6層のジェリー層のそれぞれに精子を人工的に媒精して受精率を調べたところ、アカハライモリではジェリー層表面で先体応が起こることが体内受精環境での受精成立に重要であることが明らかになりました(Takahashi et al., 2006;図4)。

 


図4  アカハライモリ卵の媒精実験
先体反応をあらかじめ誘起した精子では十分に受精が起こらない(赤字)。

 

4)先体反応誘起と連動する新規精子運動開始機構
 アカハライモリの先体反応は、精子運動開始とともにアカハライモリの体内受精の成立に重要な現象です。ジェリー層の表面でそれぞれの現象がどのようにして引き起こされるのかということは、アカハライモリを始めとする両生類の体内受精機構が成立した要因の理解につながる興味深い問題です。私達はこの問題の解明に向けて、精子先体反応誘起物質(acrosome reaction-inducing substance:ARIS)とSMISに特異的に結合するモノクローナル抗体をそれぞれ作成しました。その結果、SMISは分子量が約34kDaの糖鎖を持たないタンパク質であり、ARISN型及びO型糖鎖を持つ分子量約80 kDa及び122 kDaの糖タンパク質であることが明らかになりました(Watanabe et al., 2009; Watanabe et al., 2010)。面白い事に、SMISはジェリー層表面で顆粒状の構造に分布しており、ARISが分布するシート状の構造によって覆われて外部環境から隔離されていました(図5)。従って、メスの体内でジェリー層表面に媒精された精子では、まずARISによって先体反応が誘起され、これによってシート状構造を崩壊させることで初めてSMISの信号を受けることができることになります。このような、「先体反応誘起と連携した精子運動の開始機構」はこれまでに報告が無い新規のものですが、これがアカハライモリの体内受精を成立させる必須要因であることが明らかです。

 

図5  ジェリー 層表面でのARISSMISの局在(模式図)

: ARIS、緑: SMIS、黄: 精子先体中の分解酵素。先体反応によって外部に放出される。

 

(5)SMISを介した精子の運動調節の起源
 アカハライモリの精子運動開始機構は、両生類の受精様式の多様化の過程でどのようにして成立してきたのでしょうか。この問題は、現存する両生類種の間で確立されている多
な生殖様式のそれぞれについて、SMISが精子の運動調節に関与しているかどうか、また、どのように働くかを比較研究することで明らかにしていくことができます。私たちは、体外受精をする有尾目両生類であるトウホクサンショウウオで、ジェリー層にSMISと同様な精子運動開始活性をもつ タンパク質が存在することを発見しました(Ohta et al., 2010)SMISは、有尾目において体内受精様式が確立される前から、受精過程の一端を担う生理活性物質として機能していたのかもしれません。その役割については今後、さらに詳細な研究が必要です。このような比較研究を無尾目や無足目を含めて広く展開していくために、私達はSMIS遺伝子の単離し、両生類に共通した生理作用の解析と進化に伴う変化を解析しています。


 体内受精様式は、陸環境に適応した爬虫類や鳥類、哺乳類において広く行われており、その獲得は脊椎動物の陸上への進出に関わる重要な要因です。両生類の体内受精機構研究を通して脊椎動物の体内受精機構の起源に迫ることができると期待しています。

 


参照文献

# Duellman WE, Trueb L. 1994. Biology of amphibians. Baltimore: Johns Hopkins University Press.

# Campanella, C, Carotenuto R, Infante V, Maturi G, Atripalde U. 1997. Sperm-egg interaction in the painted frog (Discoglossus pictus): an ultrastructural study. Mol. Reprod. Dev. 47: 323-333.

# Ohta M, Kubo H, Nakauchi Y, Watanabe A. 2010. Sperm motility-initiating activity in the egg jelly of the externally-fertilizing urodele amphibian, Hynobius lichenatus. Zool. Sci. 27: 875-879.

# Picheral B. 1977. La fécondation chez le tnton pleurodèle. II. La pénétration des spermatozoides et la réaction locale de l'oeuf. Ultrastruct. Res. 60: 181-202.

# Yoshizaki N, Katagiri C. 1982. Acrosome reaction in sperm of the toad, Bufo bufo japonicus. Gamete Res. 6: 343-352.

# Takahashi S, Nakazawa H, Watanabe A, Onitake K. 2006. The outermost layer of egg-jelly is crucial to successful fertilization in the newt, Cynops pyrrhogaster. J. Exp. Zool. 305A: 1010-1017.

# Watanabe A, Fukutomi K, Kubo H, Ohta M, Takayama-Watanabe E, Onitake K. 2009. Identification of egg-jelly substances triggering sperm acrosome reaction in the newt, Cynops pyrrhogaster. Mol. Reprod. Dev.79: 399-406.

# Watanabe T, Kubo H, Takeshima S, Nakagawa M, Ohta M, Kamimura S, Takayama-Watanabe E, Watanabe A, Onitake K. 2010. Identification of the sperm motility-initiating substance in the newt,

 

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